kaburk.co.cc

人気のblog記事をピックアップしています。1時間に1回更新されます。

スティーブ・ジョブズの一生をまとめたFacebookのタイムライン

steve_jobs_facebook_timeline_0.jpg

Facebook上にスティーブ・ジョブズ氏のページが出現。

アップル前CEOの一生が時系列でまとめられおり、話題となっているようです。

【追記】該当するページは削除された模様です。

この「Steve Paul Jobs」という名で作成されたページには、Facebookの機能「タイムライン」を使い、ジョブズ氏の誕生から惜しまれつつこの世を去った昨年までの、キャリア・プライベート上のイベントが大量に掲載されています。

子供の頃や高校卒業時の写真。

steve_jobs_facebook_timeline_1.jpg

そしてアップル創業当時のもの。

steve_jobs_facebook_timeline_2.jpg

さらにアップルを追われ、NeXTを立ち上げたことや、アップルに復帰して世に出した数々の製品なども掲載されています。

steve_jobs_facebook_timeline_3.jpg


ジョブズ氏については伝記やその他の書籍などで知る事ができますが、膨大な数のライフイベントを写真入りで年表のように見れるのは圧巻です。

非公式なページのため、Facebookのアカウント(要ログイン)を持っているひとは、削除される前にチェックしておいた方がよいかもしれません。【追記】削除された模様です。

【リンク】Facebook - Steve Paul Jobs 


Posted in facebook, News - ニュース, SteveJobs, 人気のアイテム | Tagged , , , | Leave a comment

NHK、12月23日午後10時から「世界を変えた男 スティーブ・ジョブズ」(仮)を放映へ

jobs ss1.jpgITmediaによると、NHKが12月23日午後10時~10時49分に、NHKスペシャル「世界を変えた男 スティーブ・ジョブズ」(仮題)を放映するそうです。


養子に出された生い立ちや、アップル社から一時追放されるなどの経験が、いかにして彼の人間性を構築する原動力となったのか。そして、ジョブズ氏が追い続けた理想の社会や未来とはどのようなものだったのか。家族や友人、同僚やライバル、さらにジョブズ氏の伝記の著者で最期の日々に立ち会ったアイザックソン氏などを通じ、"世界を変えた男"スティーブ・ジョブズの知られざる素顔に迫る。

また、NHKはBS1で2011年12月28日(水)午前0:00~0:50に「スティーブ・ジョブズ ~カリスマの素顔~」、1月7日(土)午前00時00分~00時49分に「スティーブ・ジョブズの子どもたち」を放映する予定のようです。
Posted in Apple:総合, 人気のアイテム | Tagged , , , , , , | Leave a comment

スティーブ・ジョブズ氏がナンバープレート無しでベンツを運転できた本当の理由

steve_jobs_license_plate_0.jpg

長い間謎とされたきた、スティーブ・ジョブズ氏の愛車にナンバープレートが付いていない理由が明らかになったようです。[source: iTWire ]

ジョブズ氏が、愛車のメルセデスベンツSL55AMGにナンバープレートを装着しないまま公道を走っていることは有名ですが、その理由については諸説あるものの、いずれも決定打に欠ける内容でした。(写真は筆者が2010年6月にアップル本社前で撮影したもの)

例えば、アップルの共同設立者・スティーブ・ウォズニアック氏によると、ジョブズ氏はプライバシー上の懸念から、ナンバーの代わりに小さなバーコードのシールを貼る、という特別の許可をカリフォルニア州のDMV(陸運局のようなところ)から得ているというもの。

これはDMVのスポークスマンが以前より、「たとえ州知事であっても特例は設けない」としており、現実的でないように思われます。

伝記の著者、ウォルター・アイザックソン氏が本人に訪ねたところ、ジョブズ氏は「ひとに後をつけられるのが嫌だ」とした上で、ナンバーが無いことで余計に目立つのではとの質問には、「実はナンバープレートを持ってないだけ」とやり過ごしたそうです。

steve_jobs_license_plate_1.jpg

これに対し、今回のiTWireの記事では、より現実的と思われる話が掲載されています。

アップルでOSのセキュリティー関連の仕事をしていたJohn Callas氏によると、ジョブズ氏はカリフォルニアの法律に抜け穴をみつけ、合法的にナンバー無しで運転していたというもの。

記事によると、カリフォルニア州では、新車を購入した際、最大で6ヶ月間までナンバー無しで運転することができるとのこと。

そこでジョブズ氏は、6ヶ月毎に新しいSL55AMGに交換するという契約をリース会社と結び、同じ車のようにみえて、実は常に6ヶ月以内の新車に乗っていた、という説明です。

steve_jobs_license_plate_2.jpg

ジョブズ氏が交通法に従わない様子を「Think Different」ならぬ「Park Different」「Drive Different」と呼ぶ冗談もあったようですが、合法的であったとすれば、DMVの見解とも矛盾しません。

州法が随分甘いような気がすることや、ハンディキャップ用のスペースに駐車できる理由が説明されていませんが、これが一番納得がいく説ではないでしょうか。

Posted in News - ニュース, SteveJobs, 人気のアイテム | Tagged , , , , | Leave a comment

スティーブ・ジョブズを最後に見た日 (訳してみた)

もういいかげん追悼ではなくて次の one more thing を作るべきだと思うのですが、あまりにいいワンシーンでこのまま流れてゆくのは惜しかったので訳してみました。

元記事はこちらDaring Fireball 経由

- - - - -

「スティーブ・ジョブスを最後に見た日」

いままで公にしたことはなかったのだけれども、私は1999年の4月から2011年の7月までアップルで働いていた。そこであった、それほど重大な出来事というわけではないにせよ、私にとって忘れられない出来事をみなさんと共有したい。

アップルを退職してのちのある日、私は昼食のためにそこを訪問していた。1 Infinite Loop のメインビルから出るとき、すぐ前にスティーブ・ジョブズが歩いていた。病気が少しずつ彼を弱々しくみせていた時でさえ、いつもと変わらない活気に満ちた足取りだった。アップルのように大きな会社にあっても、スティーブに遭遇することは珍しい出来事ではなかった。

スティーブはドアを開けて待っている車に向かっていて歩いているところだった。ビルの外の、アップルのマークがある場所に一組の家族がいた。アップルへの「巡礼」にやってきた人々が決まって記念写真を撮る場所だ。

近くを通りかかったスティーブに、一家の父親が「すみません、私たちの写真をとってもらってもいいですか?」と声をかけた。

差し出されたiPhoneをみてスティーブは一瞬立ち止まった。彼が誰なのかを知らないのだと気づいたスティーブは「もちろんだとも!」と熱のこもった声で答えて、差し出されたiPhoneを手にした。

スティーブは何度か後ずさりして、iPhoneのスクリーンをタップしてフォーカスを決め、念入りに写真の構図を決めると「笑って!」といいながら写真を撮った。家族の笑顔を促すように自身も笑みを浮かべながら。 iPhoneを返してもらった父親は「ありがとう」と言い、スティーブは彼の車に乗り込み、扉は閉じられ、立ち去っていった。

家族はスティーブの撮ったその写真をのぞき込んでよく撮れていると口々にいった。そしてiPhoneをポケットにしまうと、いってしまった。

そしてそれが、私がスティーブ・ジョブズをみた最後だった。

- - - - -

追記:

この話、よくよく考えるとなんだか本当にしては出来すぎな点が多い。でも、もし創作だったとしても、いや、創作であればなおのこと、すばらしい気もします。

歴史には、本当ではないことがわかってはいるんだけど、それでも「そうであってほしい」と願う人が多ければ多いほど口伝えに広まる事跡が多いです。それは人々が「死んでも残るもの」とか「良心」といったものを信じているからに他ならないんですよね。

この話の温もりも、半分は「かくあれかし」と思っている僕らの心の温もりなんだろうなあ、と思うわけです。

Permalink | Leave a comment  »

Posted in 人気のアイテム | Tagged , , | Leave a comment

僕はスティーブ・ジョブズが嫌いだ

Appleを世界一の企業に育てたカリスマがとうとう逝った。健康不安がささやかれていたので、特に意外感はない。世界中で彼の死去を惜しみ、彼が成し遂げたことを賞賛する声が湧き上がっている。それほど彼が多くの人たちに愛されていたということだろう。

僕は実はスティーブ・ジョブズが嫌いだ。僕のような無名で大したことを何も成し遂げていないただのブロガーと、スティーブ・ジョブズのような世界最高といわれるカリスマ経営者を比べるのは、まったくもって失礼なことであるのだが、僕のやり方と彼のやり方がとても似ているのだ。それが僕が、スティーブ・ジョブズと彼が作ったAppleという世界一価値のある会社が嫌いな理由だ。そのやり方は、あざとくて、狡賢く、そしてとても強欲だ。

彼は人のアイデアを合法的に盗み出す天才だった。そして何よりアイデアを金に変えるビジネスの最後の部分に異常にこだわった。一言でいえば、彼と、そしてAppleは美味しいところだけをもっていく天才たちなのだ。 僕が自分自身のことを好きになれない、尊敬できないのと同じ理由で、スティーブ・ジョブズやAppleが嫌いなのである。

Appleという会社はハイテク企業として崇められているが、僕はGoogleやIBMのような会社よりも、Appleという会社はフランスのファッション・ブランドのコングロマリットであるLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)にずっと近いと思っている。ルイ・ヴィトンやブルガリなど日本でお馴染みの高級ブランドを傘下に抱えるこの企業は、売り上げが2兆円、時価総額が5兆円以上で、これより大きい会社は日本にはトヨタ自動車とNTTドコモの2社しかない。そしてAppleはヨーロッパのファッションブランドのように、同じような機能の商品をその他のメーカーの何倍もの利益を上乗せてして売りつけることができる。またLVMHと違い、米マクドナルド社と同じように大衆へプロダクトを売りさばく販売力も併せ持っている。AppleのPCとマクドナルドのハンバーガーが両方共Macなのは皮肉だ。Appleはテクノロジーの会社ではなく、LVMHの詐欺的な利益率と、マクドナルドのような大衆を中毒にさせるマーケティングを併せ持った会社なのである。

この原稿の大部分は会社の帰宅途中でiPhoneを使って書いたのだが、このiPhoneを見ると、Appleが開発した技術というのは何も無いことが歴然とする。デジタルカメラの部分のCMOSセンサー、リチウム・イオン電池、液晶パネル、CPU、メモリー、各種の高度な導電性フィルムを利用するタッチパネルなど、こういった根源的な基礎技術に関するAppleの貢献は何もない。僕自身、研究者をやっていたからわかるのだが、こういった基礎技術の確立には、世界中の公的な研究機関や、大企業の基礎研究所の名もなき技術者や科学者たちによる膨大な作業が必要になる。こういった研究開発には信じられないほど莫大な時間と金がかかっている。

Appleは極めて高収益の大企業、というよりも世界一の企業だが、こういったすぐには金にならない基礎研究はほとんど手を出していない。それはビジネスとしては正しいことかもしれない。しかし僕はだからこそ、名声とうなるような金を手にしたAppleの幹部連中ではなく、CMOSセンサーの解像度を上げるために日々創意工夫を重ねている無名のエンジニアたちや、リチウム・イオン電池の寿命を少しでも伸ばすために地道な努力を続けている中小の材料メーカー、液晶材料やトランジスタなどを発明した大学の研究者たちに光を照らし、彼らに心から敬意を表したいのだ。彼らのほとんどはAppleの幹部が手にする金の数百分の一も手にすることはなかった。

僕自身も研究者をしていたとき、そういった地道な研究をするより、いかに短期間にコストをかけずに有名なジャーナルに多数の論文を載せるかばかりを考えていた。なぜならば多数の論文を発表することが僕の研究者としての地位を高める手っ取り早い方法だったからだ。だからAppleのようにあともう少しでものなりそうな他人の研究成果を見つけてきては、そこにちょっとばかり手を加えて論文を量産した。そこにはビジネスと同じような効率しかなかった。科学の基礎研究に特に情熱を持てなかった僕は、はるかに簡単に儲かる金融の世界に転身することに何の迷いもなかった。そして金融の世界ではとにかく、金、金、金である。Appleの経営方針と同じだ。

Appleは取引相手の弱みを見つけては、そこを容赦無く攻め立てる。通信会社との契約を見ればあきらかだろう。相手がどうしても売らなければいけない、買わなければいけない状況になれば、とことんまでむしり取ろうとするウォール街と同じだ。Appleはウォール街よりもウォール街的なのだ。こんな金の亡者のような会社を、株主やウォール街の連中が賞賛するのは理解できるが、ウォール街を忌み嫌っているような連中がAppleを賞賛しているのだから滑稽だ。

僕が最初に書いた本はなんのオリジナリティもなかった。他社が莫大な研究開発費を投じて確立した技術をAppleがつまみ食いするように、アカデミックな他人の研究成果や、すでに出版されている本の内容をうまく再構成して読みやすくしただけのものだった。それでも売れた。僕は経済学の研究をしているわけではないのに、世間で売れている経済学の教科書をつまみ食いして再構成し、時事ネタをからめてわかりやすい経済の本をまた書いた。この本も、まじめに経済学を何十年も研究している教授が書く本よりも、おそらく売れてしまうだろう。とても悲しいことに。僕もAppleと同じように、美味しいところを持っていくことにとりわけ熱心な、いけ好かない野郎だ。だから自分が嫌になる。

スティーブ・ジョブズ、たくさんのインスピレーションをありがとう。安らかに眠ってください。明日、僕はiPhone4Sを予約します。
Posted in 人気のアイテム, 徒然草 | Tagged , | Leave a comment

生前の特許は317件! スティーブ・ジョブズ氏が残した数々の功績

日本時間2011年10月6日朝、アップル社の創設者で、前CEOのスティーブ・ジョブズ氏の訃報が世界を駆け巡った。

若き日に世界を変えて行くと志したジョブズ氏は1976年にアップルコンピュータを設立して以来、彼の関係する特許は317件にも上ることがわかった。

彼のアイディアは常識を打ち破り、我々の生活を大きく変えた。まさに、世界を変えたと言っても過言ではないだろう。その功績をご紹介したい。

  
・デスクトップコンピュータ(20件)
コンピュータ関係のは1980年代から現在に至る。最新モデルのiMacから早期のマッキントッシュも含む。

・iPod(96件)
まさにジョブズ氏の名を世界に轟かせたのはiPodおよびiPod関係の特許である。今日のiPodの礎(いしずえ)となったのは2001年に発表されたぶ厚い箱タイプ。iPodの変遷はまさにこの10年間のアップル社の勢いを物語るだろう。

・iOS(48件)
iPhoneのOSであるiOSは2007年、iPhoneと時期を同じくして公開された。

・ノートパソコン、ネットブック(39件)
ジョブズ氏の特許により、超薄型ノートパソコンの時代の到来が告げられた。そしてそれは会社の開発の方針となった。

・パッケージ関係(13件)
iPhoneやiPodが入っているパッケージ及びその梱包のアイディアの特許も取得している。製品はジョブズ氏のアイディアによってよりコンパクトでスタイリッシュに店頭に並ぶこととなった。

・キーボードとマウス(13件)
このカテゴリには、持ちにくく操作もしづらい「史上最悪のマウス」と称される『ホッケーパック』も含まれる。しかし、その失敗を乗り越え今日の製品があるのである。

・モニタ(5件)
初期のブラウン管のものから、現在リリースしているiMacのような薄型ディスプレイにまで及ぶ。

・MacOS(33件)
DockからExposeなどMacOS用のユーザーインターフェース。特許のうちいくつかのアイディアは1985年にジョブズ氏が創業、1996年にアップル社によって買収されたNeXT社時代のものも引き継ぐ。

・NeXT関係(3件)
1996年にアップル社に買収されるまでの11年間に取得した特許である。

・アクセサリ類等(21件)
ジョブズ氏のデザインへの情熱の表れだ。製品だけでなく、アップルストアのガラス階段の特許など多岐にわたる。

・Apple TV(6件)
HD画質の映画をレンタルやYouTubeおよびVimeoのストリーミングができるネットワークメディアプレーヤー。2006年に特許申請された。

・その他(20件)
特許こそ取得したが、アイディアが斬新すぎたため製品化されなかったものだ。iMac G4のいくつかのバージョンも含まれる。
 
以上317件である。ジョブズ氏が取得した特許を眺めると、時代の変遷をも読みとることができるのではないだろうか。

また、彼は優秀な経営者だっただけでなく、ものづくりへのこだわりを強く持ったエンジニアであったこともわかる。そのこだわりのために失敗もあっただろうが、それが革新的なアイディアとして世界に変革を与えたのだと言えよう。

彼の死は大変惜しまれるものであるが、これからも、ジョブズ氏のアイディアは脈々とアップル社の製品の中に流れていくだろう。

参照元: The New York Times(英語)

Twitterでフォローしてください!

■関連記事

オリジナル記事: 生前の特許は317件! スティーブ・ジョブズ氏が残した数々の功績
Copyright© ロケットニュース24(β). All rights reserved.

Posted in IT, アップル, ガジェット, ジョブズ, スティーブ・ジョブズ, 人気のアイテム, 海外, 特許 | Tagged , , , , , | Leave a comment

どん底時代のスティーブ・ジョブズの思い出

ここ数年のスティーブ・ジョブズはiPhoneやiPadなどを次々に成功させ、殆ど神格化された存在でした。

そんなスティーブ・ジョブズにもやることなすこと全て上手く行かない極度のスランプの時期がありました。

僕はたまたま仕事の関係でスティーブがどん底の時期に彼という人物を知るきっかけがあり、大変強い印象を受けました。

それは1996年から2000年にかけての時期です。

スティーブは1983年に自分が雇ったペプシコーラ出身のジョン・スカリーとソリが合わなくなり、重役会にはかった結果、自分が創業したアップルから追い出されました。

そしてNeXTを創業しますが、1988年に発表したNeXTの黒いPCは高価過ぎて全然売れませんでした。

また映画、『スターウォーズ』シリーズを制作したジョージ・ルーカス監督のインダストリアル・ライト&マジック(=現在のルーカスフィルム)からコンピュータ・グラフィックス部門を買収し、ピクサーと命名し、コンピュータ・グラフィックス専用のハードウェアを発売しますが、これもぜんぜん売れませんでした。

売れないグラフィックス・コンピュータの処置に困ったピクサーの社員が何とか食いつなぐためにCMの映像制作の下請けをしたのが映画製作会社としてのピクサーの始まりだったわけです。

スティーブが僕の勤めていたサンフランシスコの投資銀行、ハンブレクト&クイスト(H&Q)によく遊びに来たのはそんな当時です。

「よお、ビルの親爺、居るか?」と突然、やってきてH&Qの創業者であり会長であるビル・ハンブレクトと歓談してゆきました。

ビル・ハンブレクトはアップルが1980年にIPOしたときのアドバイザーであり、H&Qはモルガン・スタンレーと並んでこのディールの主幹事を務めました。

墓石広告ではモルガン・スタンレーが左側(上位)に位置していますが、これは会社の規模がモルガン・スタンレーの方が大きかったからで、もともとスティーブ・ジョブズに上場会社になるときの細かいアドバイスを与えていたのはビル・ハンブレクトでした。

スティーブの意向で「バルジ・ブラケット(大手の意味)証券を噛ませたい」と言われた時、ビルが旧友でモルガン・スタンレーのCEOを務めていたディック・フィッシャーに電話したのです。

そんな事からスティーブはビルのことを父親のように慕っていました。

「ちょっと近所まできたからさ」

そう言ってスティーブが会社に寄るといつもH&Qの社員はスティーブを暖かく迎えました。

でも(本当はスティーブは行き場所が無いんだな)という事はH&Qの社員は皆、ひしひしと感じていました。

つまりNeXTでもピクサーでも仕事が行き詰っており、両社とも「硫黄島玉砕」みたいなギリギリの状態でしたので、心を開いていろいろ相談したり、長期的なハイテク業界の未来について心おきなく語ったりすることが出来る環境ではとてもなかったのです。

スティーブが来ると「じゃ、折角だからサンドイッチを買って、ブラウンバッグ・ランチにしよう」という事で株式営業部員は全員トレーディング・デスクを離れ、会議室でスティーブを囲みました。

僕の仕事はスティーブのサンドイッチを会社の斜向かいにあるサンドイッチ屋、「スペシャルティーズ」から買ってくることです。

「スティーブ、サンドイッチは何にしますか?ターキーですか、ハムですか?」

「パンはホール・ウィートですか、ホワイト・ブレッドですか?」

僕がスティーブ・ジョブズと最初に口を利いたのは、そんなやりとりでした。

スティーブを囲んだブラウンバッグ・ランチはいつも無礼講みたいな感じで活発なテクノロジー談義になり、スティーブのビジョン、さらに彼の美意識を知る上で大変貴重な経験になりました。

ピクサーに関しては「映画作りでいちばん大切なのは心にグッとくるストーリーだ。映像が美しいことも大事だけど、コンピュータが可能にする特撮の技巧の虜になってはいけない」という事を強く主張していたのが記憶に残っています。

続きを読む
Posted in テクノロジー, 人気のアイテム | Tagged , , | Leave a comment
Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...